垂水のこと

文学散歩

ジェームス山の李蘭

戦後の混乱期から安定期に向かっての横浜と神戸を舞台にした、主人公八坂葉介の数奇な物語である。
昭和30年代~40年代の三宮や塩屋を知っている者にとっては、非常に懐かしい。
物語の後半に舞台が神戸に移り、須磨の別荘を拠点に三宮でバーを経営する葉介の元に現れるのが李蘭。
昭和57年冬、四半世紀近く李蘭と暮らしたジェームス山の古い洋館が焼失し、焼け跡から李蘭が焼死体となって発見され、主人公の彼女に対するひたむきな愛が終わりを告げる。(講談社)

垂水・舞子海岸通り

作者が住む垂水・舞子の商店街、神社、施設などについて、散歩風に軽いタッチで紹介したエッセイ。
昭和48年3月に掲載されたもので、当時北区と西区はまだ誕生していない。国鉄も民営化されておらず、明石海峡大橋の影も形もないときである。
もし、執筆中に大橋の工事が始まっていたら、作者はどのように触れていたのだろう。「筒井康隆全集14」(新潮社)より

美しい女

第二次世界大戦に突入していく暗い時代、単純、実直で電車とその運転が大好きな「私」は、山陽電車の運転士。
山陽電鉄、淡路島、海岸線など、今でもわたしたちになじみのある環境を背景に、「美しい女」を心に描く「私」の周りに、さまざまな事件がまき起こる。(中公文庫) (「築摩現代文学体系66」にも収録)

暗夜行路

志賀直哉の作品中、唯一の長編。
愛の破綻、子どもの死、妻の過失。苦悩し、それを乗り越えてゆく姿を描く。 愛の破綻後、放蕩の深みに堕ちてゆく主人公は、精神の自立を求めて旅に出る。 物語の前半、「第二」の「二」の冒頭、尾道へ向かう途上、汽車からの描写の一節に垂水の海岸線の様子が出てくる。(新潮文庫ほか)

バナナ

台湾出身で東京に住む呉龍馬が主人公である。
小説では、彼が神戸で貿易商を営んでいる叔父を訪ねて来て、神戸を舞台に物語が展開されている。
華僑の呉錦堂が建てた移情閣の豪華さに心を打たれた島村サキ子は、龍馬に対してバナナで大儲けしようと提案する。(中央公論社)

A Friend in Need 「困ったときの友」

「コスモポリタン」というアメリカの月刊誌に掲載された短編小説。
平磯のあたりは暗礁が多く、潮の流れも速い難所として古くから知られていた。 その難所を利用して、バアトンという男が、ほぼ負けることのない賭けをする一節に垂水が出ている。
「コスモポリタンズ」(ちくま文庫)より

万葉歌碑の道

塩屋-垂水間の平磯緑地の林の中に「万葉歌碑の道」があります。
万葉集に収められている歌の中から「垂水」にゆかりのあるものを刻んだ6基の歌碑(1994(平成6)年完成)を西から順にご紹介します。

石走  垂水之水能 八敷八師
君尓恋良久 吾情柄

石走(いはばし)る 垂水の水の はしきやし
君に恋ふらく 我が心から

(3025)詠み人知らず

岩をほとばしり流れる 滝のみずのように いとおしい あなたに恋するのも わたし自身のせいだ
石激  垂水之上乃  左和良妣乃 
毛要出春尓  成来鴨

石走(いはばし)る 垂水の上の さわらびの
萌え出づる春に なりにけるかも

(1418)志貴皇子(しきのみこ)の懽(よろこび)の御歌

岩をほとばしり流れる 垂水のほとりの さわらびが 芽を出す春に なったことだ
命をし 幸(さき)く良けむと 石(いは)走(ばし)る
垂水の水を むすびて飲みつ

(1142)  詠み人しらず
命の無事を願って(石走る)垂水の水を手ですくって飲んだ
須磨の海人(あま)の 塩焼き衣(きぬ)の 藤衣(ふじころも)
間遠(まとほ)にしあれば いまだ着なれず

(413)大網公人主(おおあみのきみひとぬし)の
宴吟(えんぎん)の歌一首

須磨の海人が 塩を焼く服の 藤布は布目が粗く まだなじまない
天離  夷之長道従  恋来者  自明門  倭嶋所見

天離(あまざか)る 鄙(ひな)の長道(ながち)ゆ
恋来れば明石の門(と)より 大和島見ゆ

(255) 柿本人麻呂

(天離る)遠い鄙からの道のりを 恋しく思いながらやってくると
明石の海峡から 大和の山々が見える
燈火(ともしび)の 明石大門に 入らむ日や
漕ぎ別れなむ 家のあたり見ず

(254)柿本人麻呂

(燈火の)明石の海峡に さしかかる日には 大和とも漕ぎ別れることであろうか 家 のあたりも見られないで